その男の名は、レイ・ダリオ

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2019/11/1 | 重見 吉徳

レイ・ダリオは、世界最大のヘッジファンドのひとつ、ブリッジウォーター(Bridgewater Associates)の創業者・共同CEO・共同CIO(最高投資責任者)です。

なぜ、ダリオのことをここで書くかと言えば、彼は、

  1. 今日も、実際にマーケット・リスクを取っており、
  2. 金融市場で最も成功を収めた人物のひとりであり(=実績がある)、
  3. 過去に、大きな挫折を経験しており、
  4. マーケットの歴史を、誰にも負けず劣らず、勉強している、

人物であるためです。

言い換えれば、たとえ、彼がこの先、見通しを「外す」としても、その見通しには信頼感があり、傾聴に値するだろうということです。


ダリオは、1949年、ニューヨーク州のロングアイランドに生まれます。父親はジャズ・ミュージシャン、母親は専業主婦の、中流階級の家庭に育ちます。ダリオ少年は、新聞配達やゴルフのキャディーをして稼いだお金で、株式投資を始めます。大学と大学院を卒業した後、証券会社で主に商品先物を取り扱い、1975年、26歳のときに、自身のアパートの一室で、ブリッジウォーターを創業します。

当初の業務内容は、事業法人に対して、金融商品を用いた財務手法や商品開発を提案したり、マーケットの情報提供を行ったりしており、合わせて、自己勘定の取引ポジションも持っていたようです。


重要なのは、彼が、世界で指折りの成功を収める前に、大きな挫折を経験しているということです(→大きな挫折を経験していない人は、大きな苦難を乗り切れることを証明していないため、信頼に足りない、と筆者は考えています)。


1982年に、メキシコを始めとするラテンアメリカ諸国の危機が生じます。当時、FRBはインフレ退治にまい進していましたが、それらの新興国は、高金利とドル高によって、債務の返済が困難になります。新興国に巨額の貸し付けを行っていたのは、オイルマネーの還流を受けた米銀でした。米財務省とFRBは、新興国そして米銀の破たんを防ぐために、インフレ退治を休止し、金融緩和に転じます。

当時、ダリオは、金融危機が深刻な不況につながると見込みます。その見方は、注目を集め、(マーケットの人間なら必ず見ると言われる)有名なテレビ番組に呼ばれます。そこで、彼曰く、自信たっぷりに、「経済にソフト・ランディングは絶対にあり得ず、ハード・ランディングに向かう」と公言します。また、関連するポジションを取ります。しかし、その見立ては外れ、ついには事業資金が底を突いて、社員を失ってしまいます。


その「どん底」で、ダリオは、

  • 謙虚になることの重要性と、
  • 歴史を学ぶ価値を再認識した、

と言います(→ここは、さらっと流すべきところではないので、今度、詳しく書きたいと思っています)。


ダリオは奮起し、歴史をより深く、広く学び直します。また、そこから想起される意思決定方法・判断基準を膨大なデータでバックテストし、最適なものを探る努力を続けます。

やがて、彼は、顧客の信頼を取り戻し、それまでのコンサルティングや情報提供の業務から、他人勘定の資産運用に足を延ばし、「アルファ・オーバーレイ」や「通貨オーバレイ」、「リスク・パリティ」、を開発して、相対的に安定的な超過収益を世界中の機関投資家に提供していきます。

また、「リーマン危機」や「欧州ソブリン債務危機」が生じる前や後に、政治家や中央銀行家に対し、取るべき政策のアドバイスを行っています。


彼はこのところ、「最近の世界の政治や経済の状況は、1930年代に似ている」と述べています。

(次回に続く)

参考文献:『PRINCIPLES 人生と仕事の原則』、レイ・ダリオ著、 斎藤 聖美訳、日本経済新聞社、2019年