FRBは事実上の利下げを開始。もっとやって来る

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2019/5/30 | 重見 吉徳

暑さが止まりません。

今日のタイトルを決めつつ、「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」("A Hard Day's Night";1964年)を思い出しました。冒頭の「ジャーン」(としか表現できないです)が有名です。ジョン・レノンの曲です。彼ら自身が出演する同名映画の中で、まさに彼らが街中を追い回されるように、当時の彼らの忙しさを歌にしたとも言われています。FRBが本格的な利下げを始めれば、誰もが忙しくなることが想像されます。


利下げは来る。

筆者は、FRBは早晩、本格的な利下げを迫られると考えています。なぜなら、今後、ありえる多くのシナリオの先に利下げが待ち受けていると考えられるためです。例えば、

  1. 景気後退近接シナリオ: これまでの家計債務の積み上がりから、「個人消費→生産→雇用→設備投資」の順に、経済活動の停滞が波及し、景気後退が視野に入る。
  2. プチ金融危機シナリオ: クレジット市場やETF市場のショックで、資本逃避(=取り付け)が生じ、「プチ金融危機」が生じる。
  3. 『VIXショック2.0』: 自己満足感やチキンゲームからリスクテイクが行き過ぎ、株式市場が自律的に大幅調整する。
  4. 実質金利上昇シナリオ: 景気後退まで行かずとも、インフレ率の低迷が続き、実質金利が引き締め的になる(→既に生じつつあります)。
  5. 金融政策レジーム変更: FRBが『平均インフレ目標政策』に移行する(→過去10年の景気拡大で、インフレ率が2%を超えたのは6ヵ月のみ;「平均インフレ率」を早期に2%にもっていくためには、現在の政策金利は高く、金融緩和が必要になる)。
  6. 流動性相場崩壊シナリオ: 逆に、実体経済が再過熱するが、インフレ懸念や利上げ懸念が市場金利の上昇を呼び込み、低金利環境に慣れきった金融市場が大幅に調整する。
  7. マージン圧迫シナリオ: 逆に、実体経済が再過熱するが、相変わらず「インフレは鈍く、賃金インフレが加速する状態」が続き、企業のマージンや業績の悪化観測が、投資家の信頼感を失わせる、あるいは、企業が生産性を回復させるために雇用を調整する。

などです。

ここでの重要なポイントは、

  1. 完全雇用のため、もはや生産を拡大できない、
  2. これまでの蓄積のため、債務も拡大できない、そして、
  3. 次に、金融市場を「なだめる」には、利下げしかない。

の3つです。この1と2は、

  1. 物価もしくは賃金の上昇として漏出する、
  2. 家計や企業の債務の拡大ができなくなるだけで、消費の水準が落ち、自社株買いの金額が減る。債務の返済に進めば、消費の水準がさらに落ち、財務体質の悪化から資産の売却や自社株の発行(=資本の再調達)が視野に入る、

と言い換えられますが、これらが「次には、景気後退が待っているか、もうひと山あるか」を決めるはずです。


利下げは既に始まっている。

FRBは、4月30日-5月1日に開いたFOMCで、超過準備付利金利(IOER、Interest on excess reserves)を0.05%引き下げました。筆者はこれを、今回の景気拡大局面における「最初の利下げ」と考えています。

(「IOERが何か」を今は知らなくても大丈夫です。後で、自然に登場させます)

そう考える理由は、

  1. FRBは、IOERを金融政策の主要なツールと考えている、なおかつ、
  2. IOERの引き下げは、通常の利下げと同様に、他の市場金利を引き下げる「金融政策の波及メカニズム」を持つ
ためです。

まずは、今回のIOER引き下げが実施される前に、何が起こっていたのかをチャートで確認してみましょう。

FRBにとって最も重要な業務は、「政策金利」を0.25%の幅に収めることです。現在の「誘導レンジ」は、2.25%から2.5%です(→以下の図を参照)。

出所:米連邦準備制度理事会(FRB)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management
データは2019年5月29日時点で取得可能な最新のものを掲載。


この0.25%の範囲に誘導されている政策金利は、(無担保の)翌日物の銀行間金利で、「フェデラルファンド金利」と呼ばれます。


FRBが今年1月にわざわざ出した声明

重要な点として、FRBは今年1月のFOMCで、自らの金融政策の手段を改めて表明しています。その中でFRBは、「金融政策のスタンスを調整する上での主要な手段は、準備預金供給量のアクティブな調整ではなく(=バランスシートの調整ではなく)、政策金利の目標レンジを変更することである」と述べています。

FRBがわざわざ、これを表明した理由は、今後の銀行システムにおいては、バランスシートが『正常化』された後も、「超過準備」が存在し続ける(=銀行が本来は必要のない準備を持ち続ける)*ことを想定しているためです。

*ちなみに、「なぜ、銀行は、本来は必要のないはずの超過準備を持ち続けるのか」について、ニューヨーク連銀は、市中の銀行は金融危機の経験として、ストレスが生じたり、日中に多額の支払い(グロス決済)が生じたり、預金残高が予期せず減少する場合に備え、(規制の枠外で、独自の行内テストなどによって)超過準備を保有する需要があるとしています。また、銀行全体では、8,000億ドル~9,000億ドル程度の超過準備が必要とされているとしています(→"Observations on Implementing Monetary Policy in an Ample-Reserves Regime"、2019年4月17日、ニューヨーク連銀、市場デスクのヘッドLorie K. Loganによる講演)。


危うかったFRB

4月に焦点を当てると、銀行間市場で約定・成立した「実効フェデラルファンド金利」は、FRBの誘導目標の「上限」に近づきつつあったことがわかります。わかりやすく言い換えれば、「FRBは仕事を失敗しそうになっていた」のです。

出所:米連邦準備制度理事会(FRB)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management
データは2019年5月29日時点で取得可能な最新のものを掲載。



目標を外しそうになったために、その対応・アクションが取られました。それが、超過準備付利金利(IOER)の引き下げです。

出所:米連邦準備制度理事会(FRB)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management
データは2019年5月29日時点で取得可能な最新のものを掲載。



確かに、実効フェデラルファンド金利は、IOERの引き下げと共に、落ち着きを取り戻しているように見えます**。

**実は、FRBは、今回と同じことを、昨年の6月と12月にも行っています。「そんなこと知らない」と思われるかもしれませんが、利上げが進むにつれ、実効フェデラルファンド金利(=日々、約定される銀行間金利)には上昇圧力が生じ、0.25%の誘導目標レンジの中央から「上離れ」していきました。そこで、FRBは、実効フェデラルファンド金利をレンジに確実に収めるために、昨年6月と12月のFOMCでは、誘導目標レンジについてはそれまでどおり0.25%引き上げたものの(→0.25%の利上げ)、IOERは0.20%しか引き上げませんでした。一方、今年5月のFOMCでは、そもそも利上げが行われなかったために、IOERを「0.05%引き下げる」というアクションに至ったわけです。

出所:米連邦準備制度理事会(FRB)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management
データは2019年5月29日時点で取得可能な最新のものを掲載。




一件落着ではない。

しかし、事実上3回目となる、今回のIOERの引き下げによっても、実効フェデラルファンド金利は、IOERから「上離れ」する(上昇する)可能性があります。次の2つの理由からです。

まず、①そもそも、IOERは(「翌日物リバース・レポ金利」と呼ばれる、もうひとつの金利と共に)、フェデラルファンド金利の「下限」として機能するものであり、フェデラルファンド金利の「上限」を定める「力」は持ちません(→後で補足説明します)。実際、先のチャートに示すとおり、今年4月の時点で、実効フェデラルファンド金利がIOERを上回って推移していました。

次に、②フェデラルファンド金利に上昇圧力が生じている理由は、FRBがバランスシートを縮小させ、資金の吸収を続けているためです。

次の図を見ると、市中銀行が保有する準備預金(→大部分が超過準備)の金額と、フェデラルファンド金利の上昇に相関があることが確認できます。

出所:米連邦準備制度理事会(FRB)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management
データは2019年5月29日時点で取得可能な最新のものを掲載。




なぜ、フェデラルファンド金利に上昇圧力が生じているのか。

なぜ、この銀行間金利(=実効フェデラルファンド金利)の上昇が生じたのでしょうか。それは、バランスシートの縮小(=マネーの吸収)によって、銀行間で資金が不足し始めているためです。

実際、パウエル議長は、5月1日のFOMC後の記者会見で次のように述べています。

「我々は、バランスシートの正常化が継続するにつれ、実効フェデラルファンド金利が、IOER金利に比べて、徐々に上昇する(もしくは、上離れする)ことを予見していた」"As balance sheet normalization continues, we have expected that the effective federal funds rate would shift up over time relative to the IOER rate."

言い換えれば、実効フェデラルファンド金利の上昇とバランスシートの縮小(=マネーの吸収)には関連があると述べています。「金利とは、お金の価格」ですから、資金の供給が減ったり、資金の需要が増えたりすると、金利は上昇します。パウエル議長は、経済学が示すとおりのことを述べているのです。


ようやくここで、、超過準備付利金利(IOER)とは?

しかし、銀行の資金は不足しているどころか、そもそも「超過準備付利金利」という名の金利が存在するくらいですから、銀行システム全体は、必要以上の資金(=超過準備)を保有しています(→FRBの大規模資産買い入れ=量的金融緩和政策によるものです)。言い換えれば、「世の中はカネ余り」なわけです。

この「銀行システム全体が超過準備を抱えている」という事実と、先ほどの「金利とは、お金の価格」を考え合わせると、理論上「金利はゼロに落ちる」ことが想像できます。実際、我々の預金金利も「ほぼゼロ」なわけです。米国の預金金利も、2%台半ばへの利上げにも関わらず、「ほぼゼロ」です。

そして、この銀行間の金利がゼロに落ちてしまわないよう、FRBが超過準備に対して(わざわざ)支払う金利が、超過準備付利金利(IOER)なのです。


なぜ、FRBは、超過準備に利息を付ける必要があるのか?

FRBが超過準備に金利を支払う理由については、いろんな説明がありますが、そのひとつは、超過準備が存在する状況***においても(=金利が理論上ゼロに落ちてしまう状況においても)、金融引き締めを実行するためです。***FRBはこれを“floor system”と呼びつつ、今後ともこの状況が続いていくと考えています。

IOERを引き上げていけば、市中銀行は最低でもその金利水準を得られるわけですから、銀行間の翌日物金利(=フェデラルファンド金利)もIOERの水準まで上昇するわけですし、翌日物よりも期間が長い貸付の金利や、リスクが高い債券の利回りは上昇します。つまり、IOERの引き上げが、金融引き締めにつながっています。これが、金融政策の波及経路であり、「伝達メカニズム」と呼ばれるものです。


IOERこそが、FRBが操作できる唯一の手段

銀行(預金取扱機関)にとっては、IOER未満の金利水準で、他行に貸し付けるメリットはありません。ただし、例えば、政府系の金融機関はFRBからIOERを得られないことになっており、IOER未満でも貸し付けるインセンティブを持ちます。それゆえ、現在は、政府系金融機関、特に連邦住宅貸付銀行(FHLB)が、フェデラルファンド市場の主要なプレーヤーですが、そんな彼らも「翌日物リバース・レポ金利」を得ることができます。したがって、IOERと翌日物リバース・レポ金利は、フェデラルファンド金利の「下限」として機能するものの、「上限」を決定する「力」はありません。

一方、上限として機能するものとしては、primary credit lineと呼ばれる、公定歩合があります。しかし、これは、銀行に「取り付け」が生じるような事態において使用するもので、市中銀行にとって、その利用は「評判」の問題も生じることから、平時において、機能するものではありません。

つまり、超過準備が存在する状況(floor system)においては、「超過準備付利金利(IOER)の変更」こそが、FRBに与えられた事実上の金融政策の手段と考えられます。


IOERとフェデラルファンド金利誘導レンジの共存

ただし、IOERでは必ずしも、フェデラルファンド金利の「上限」を定められるわけではないことから、フェデラルファンド金利の誘導レンジを提示することに、どれほどの意味があるかは疑問です。

この点について、クリス・ダドリー前ニューヨーク連銀総裁は、次のように述べています。

「近年、フェデラルファンド金利は、その重要性が落ちている。そのひとつの理由は、FRBによる証券の買い入れ(量的緩和)が、銀行に潤沢な超過準備を提供しているからである。したがって、銀行はフェデラルファンドを借りる必要もなければ、貸すこともあまりなくなっている。これは、フェデラルファンド市場の規模を大きく縮小させてきた。(中略)この新しい環境においては、超過準備付利金利(IOER)こそが、FRBの金融政策の最も有効な手段となる。フェデラルファンド金利の目標を設定することは冗長であり、ときに厄介にもなる」(2019年4月30日、"The Fed Should Dump Its Interest-Rate Target"、Bloombergのコラム記事)

そして、FRBは5月1日に、事実上の金融政策の手段であるIOERを0.05%引き下げたわけです。


IOERの引き下げは、利下げである

IOERは、FRBが作用できる唯一の手段であり、事実上の金融政策の手段です。

IOERの引き下げが、通常の利下げと同様、金融政策の「伝達メカニズム」を持つ(=他の市場金利にも影響が波及する)ことを考えれば、それは金融緩和、あるいは「利下げ」にほかなりません。

しかし、パウエル議長は、「今回のIOERの引き下げは、金融政策の変更ではない」と述べているのです。

なぜなのか、気になるところです。(つづく・・・と思います)