対中関税『第4弾』に関わらず、年後半の世界景気は強くない?①

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2019/5/27 | 前川 将吾

足元の株式市場は、米中貿易摩擦の動向にくぎ付けになっています。その結果、年後半の株式市場の見通しも、「米国が中国からの全輸入品に25%の関税を課す『第4弾』が発動されれば株安継続」、「『第4弾』の発動が見送られれば、世界景気の再加速で株高基調」などに絞られているように感じられます。

しかしわれわれは、「来月のG20後に『第4弾』の発動は見送られ、それが一旦リスクオンに繋がるものの、その後再び株安局面が訪れる」という、どちらでもないシナリオを想定しています。というのも、米中経済の“地力”を見る限り、「追加関税の有無に関わらず、年後半も世界景気は強くない」と考えているからです。以下では、『第4弾』の発動が見送られるという前提のもとで*、米中を中心とする今後の世界景気の動向について考えてみたいと思います。

*注:今回のブログの主旨は、「追加の関税が発動すると景気は更に弱くなり、これが発動されなかったとしても景気は強くない点に注意すべき」というものなので、なぜ関税が発動されないと見ているかについては割愛します。ただ、5月23日にトランプ米大統領が、6月のG20首脳会議で中国の習近平国家主席と会談するとの見通しを示し、「中国との協議は早期に進展するとみている」と述べていることなどを踏まえれば、少なくとも現時点では、G20後に『第4弾』の発動が一旦見送られる可能性があると見ています。


【米国経済は減速する見通し。中国経済は持ち直すが回復力には疑問】

まずは、景気の先行きを見通す出発点として、【図1】と【図2】で米中のOECD景気先行指数を確認してみましょう。(→当該指数は、6ヵ月ほど先の景気を占うとされています。直近のデータは、5月に発表された3月時点のもの)

はじめに【左】の米国の景気先行指数を見ると、足元は節目の100を下回って低下傾向が続いています。したがって、現時点では、同指数から米国景気の再加速を読み取ることはできないと言えるでしょう。また、今月23日にマークイットが発表した5月の米製造業購買担当者景気指数(PMI)の速報値(50.6)が、2009年9月以来の低水準となったことも、景気の先行き不透明感を高めています。

一方、【右】の中国の景気先行指数を見ると、100を下回って低下し続けた後、足元では持ち直しの兆しが見られます。したがって、仮に貿易摩擦の激化が回避されれば、中国景気は回復する可能性があると考えられます。但し、その“回復力”は、過去10年間で何度か見られたような世界景気をけん引するほど力強いものになる可能性は低いと見ています(詳細は後述)。

以上の点をまとめれば、足元は、中国経済の持ち直しに少しだけ期待しつつ、その一方で、これまで1強だった米国経済の減速動向を見守るべき局面であると言えるでしょう。以下では、世界景気の動向を左右する米中の景気見通しについて、もう少し詳しく見ていきます。

出所:経済協力開発機構(OECD)、全米経済研究所(NBER)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management
注:振幅調整は、OECDの景気先行指標(CLI )の循環の振幅が、トレンドを除去した参照系列の循環の振幅と一致するよう調整されることを意味する。
データは2019年5月21日時点で取得可能な最新のものを掲載。



【米国経済は減速する可能性。減速が高水準の企業債務に飛び火しないかを注視】

年初来の株式市場は、FRBの利上げ停止を受けてひと安心しているかもしれませんが、以下で詳述する通り、遅れてくる金融引き締めの景気下押し圧力には注意が必要と考えます。加えて、年後半からトランプ政権の財政刺激効果が剥落していくことも考慮すれば、米国の経済成長率はこれから鈍化していく可能性が高いと言えるでしょう。さらに言えば、今後はその景気減速の影響が高水準の企業債務に飛び火し、投資や雇用の削減(→景気後退)に至らないかを注視していく局面に入ると考えます。

以下では、なぜ「“昨年末で終わった利上げ”と、これまで急速に伸びてきた企業債務」の組み合わせを警戒したほうがよいかを端的にあらわしている、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長の発言を2つ取り上げます。

<パウエル議長の発言①(昨年11月)>
・「金融当局による漸進的な利上げの経済的効果は不確実で、完全に顕在化するには1年ないしそれ以上かかる可能性がある」

当該発言は、昨年末までの継続利上げが実体経済に与える影響は、今年の年末ないしそれ以上の期間に及ぶ可能性があることを示唆していると捉えられます。追加で言えば、FRBが将来景気対策で利下げを実施しても、その好影響が広く行き渡るにはしばらく時間を要するとも考えられます。(→「金融政策がGDP成長率や雇用などに与える影響にはラグ(遅れ)がある」という見方は、経済学者の間でも広く受け入れられていると言ってよいでしょう)

このラグについて確認するために、【図3】をご覧ください。【灰色】はFRBの政策金利で、【網掛け部分】はFRBの利上げ期を示しています。また、【紫色】は「大・中堅企業からの資金需要が弱い」と報告した米銀行の割合(ネット)で、上に行くほど企業の資金需要が低下していることをあらわしています。ここで、利上げと資金需要の関係性を見てみましょう。まず、昨年までの利上げ局面も含めて、過去はFRBの利上げが続くと、やがて資金需要が低迷し始めたことがわかります。(→足元は、【紫色】が節目の0%を超えています)

加えて重要なのは、【網掛け部分】の利上げ期が終了しても、その後1~2年は企業の資金需要が低下し続けたという点です。これは、パウエル議長が指摘した “遅れてくる引き締めの効果”が一部影響している可能性があります。そして、このような過去の経験則を踏まえれば、FRBは昨年末で利上げを停止したものの、これから来年にかけて、既に弱い資金需要が更に低迷するリスクを警戒しておくべきでしょう**。

出所:米連邦準備制度理事会(FRB)、全米経済研究所(NBER)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management
注:「大・中堅企業からの資金需要が弱い」と回答した銀行の割合の「ネット」とは、資金需要が「著しく弱い」「ある程度弱い」との回答から「ある程度強い」「著しく強い」との回答を差し引いた割合であり、「変化なし」はゼロとカウント。
データは2019年5月21日時点で取得可能な最新のものを掲載。


なお、【図3】では示していませんが、金融政策の影響が遅れて出てくる傾向は、商業用不動産や消費者のローンの需要調査でも確認されています。また、足元の消費者と商業用不動産の調査結果も、企業と同様に節目の0%を上回っている点には注意が必要でしょう。これらの資金需要が弱いということは、企業の設備投資や家計の消費、不動産投資などが伸び悩むことを示唆している可能性があります。

**注:現在のFRBの金融政策が『緩和的』か『引き締め的』かという点は、FRB内でも見方が分かれています。また、その結果、少なくとも現時点では、利下げも利上げも本格検討している様子は見られません。しかし筆者は、ニューヨーク連銀が推計する中立金利を実質政策金利(→政策金利からコアPCEデフレーターの上昇率を引いたもの)が上回った点などを踏まえれば、やや『引き締め的』になっている可能性があると見ています。また、【図3】で確認した通り、今回の利上げが始まってから現在に至るまで資金需要が低下基調を辿ってきたことなどを考慮すれば、FRBのこれまでの金融引き締めは着実に実体経済に影響を及ぼしており、その効果はしばらく残る可能性が高いと見ています。


<パウエル議長の発言②(今年の5月)>
・「企業債務は過去最高水準に近く、最近の発行は最も高リスクのセグメントに集中している。米国経済が悪化した場合、一部の企業は財務面で深刻な負担を強いられ得る」
・「レバレッジドローンの割合が高い業種は、従業員を解雇し、投資を減らさざるを得ないため、景気減速の影響を増幅する可能性がある」

現在FRBは、米国企業の巨額債務について、「金融システム全体の安定を脅かすものではない」として、過度な懸念は抱いていないようです。但し、「高水準の企業債務は、景気減速・悪化と重なると危険かもしれない」ということを示唆しているパウエル議長の発言と、これから米国経済が減速基調に入る可能性を組み合わせて考えれば、今後は徐々に景気と債務の負のフィードバックループへの警戒度を高めたほうが良いと言えるでしょう。

ここで、【図4】を見てください。【灰色】はFRBの政策金利で、【網掛け部分】は利上げ期を示しています。利上げ期が終わった後の【緑色】のGDP成長率の動向に注目すると、利上げ停止後1~2年は成長率が低下基調になっていたことがわかります。(→これは、【図3】で紹介した、資金需要の低迷と密接な関係があると考えられます)

続いて、【紫色】の米国企業の債務返済比率(債務の元利払い額÷可処分所得)に注目すると、利上げの前後から上昇し始め、利上げ終了後1~2年はその傾向が続いたことがわかります。この背景としては、①好況期に債務残高が積み上がっていた(→分子に影響)、②そこに金融引き締めの影響が重なり、元利払いの負担が重くなった(→分子に影響)、③金融引き締めの影響もあり、やがてGDP(≒企業の売上高)が鈍化し始めると、元利金を支払う「原資」の確保も難しくなった(→分母に影響)、などが考えられるでしょう。

そしてこれら3点を現状に当てはめて考えると、①と②は“既に起きたこと”で(→企業債務は急増し、政策金利は高止まりしている)、③の成長鈍化は“これから起こりそうなこと”だと考えられます。したがって、足元から来年にかけては、【紫色】の企業の債務返済率やデフォルト率などが徐々に高まるリスクを警戒したいところです。

「対中関税『第4弾』に関わらず、年後半の世界景気は強くない?②」に続きます。)

出所:国際決済銀行(BIS)、米経済分析局(BEA)、米連邦準備制度理事会(FRB)、全米経済研究所(NBER)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management
注:債務返済比率は、債務の元利返済額÷可処分所得。
データは2019年5月21日時点で取得可能な最新のものを掲載。