利上げは「打ち止め」か? 私のパウエル評(付録)

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2018/12/4 | 重見 吉徳

最後に、3講演の筆者の勝手抄訳を付けておきます。恐れながら、その正確性は保証できません。特に、11/28は、金融システムがテーマであり、重要です。


2018年8月24日:ジャクソンホール・シンポジウム(→原文は ここ です)

  • 3つのスター(自然失業率、実質中立金利、インフレ目標値)のうち、2つ(自然失業率、実質中立金利)は動く。より明確に言い換えれば、これら2つの推計値は不確実である。
  • 身近な例でいえば、今回の景気拡大局面では、自然失業率と実質中立金利の推計値がいずれも時を経て、引き下げられている。推計値の引き下げが正しいならば、今回は正常化の開始時点では、当初考えられたほどに金融政策は緩和的ではなかったことになる。→なぜ、そんな引き下げが起こったのか?それは、新たな情報・データが到達するたびに、修正を加えているためである。
  • 実際、過去にも2回事例があった(と、事後的ではあるものの、振り返ることができる)。
    1. 『大インフレ期』には、自然失業率を低く見積もり過ぎ、実際の失業率を不要に押し下げることを考え、現実のインフレ率の高まりを軽視し、緩和を継続し過ぎた可能性がある。→『大インフレ期』の教訓は、人々の期待が果たす役割の重要性であり、金融政策の目標を達成するためには、インフレのアンカーが重要と考えられるようになったことである。インフレ期待がアンカーされている限り、たとえ中銀が失業率を幾分押し下げようとしてインフレ率が少し上がったとしても、人々は「中銀はインフレをやがて抑えるべく行動するだろう」と考えるため(→それがアンカーの定義)、人々はインフレ見通しを変えることはないし、だとすれば、実際のインフレ率も(賃金や値上げを通じて)継続的には上がることはない。また、インフレ期待自体が上方シフトしたわけではないのだから、実際のインフレ率を抑えるための努力(政策対応)も、さほど大きなものを必要としなくなる。
    2. 1990年代終盤は、自然失業率を高く見積もり過ぎ、インフレ圧力が顕在化すると思っていた。しかし、グリーンスパン議長(当時)のNew Economyの考えにより、Fedは利上げを行わなかった。経済はブームになり、失業率も下がり、名目賃金は上昇したが、インフレ率はむしろ低く抑えられた。生産性が高まったためである。「もう1会合待とう。インフレの兆しがあるなら、引き締めを開始すればよい」との姿勢を持つことができた。
  • まとめれば
    1. 実際の失業率と自然失業率(推計値)との差は、現在の経済状態や将来のインフレにとって、misleading indicatorたりえる。
    2. しかし、逆に、インフレ率も、労働市場や要素市場のスラックを示す、最初かつ最善の指標でもない。労働市場の需給は変化していても、インフレがアンカーされていたり、フィリップスカーブがフラットになっていたりすれば、インフレ率の反応は鈍く、その変化から労働市場の状況を推し量ることは容易ではない。
  • むしろ、今まで2回の景気後退において、実体経済を不安定化させた「過剰」は、インフレに(実体経済に)ではなく、金融市場にあった。そういう意味では、(経済の)リスクマネジメントは、インフレを超えて、別の場所にも「過剰」を探し求める必要がある。
  • 「構造的な不確実性」がある場合の(なおかつ、おそらくインフレがアンカーされているときの)金融政策には、積極的な金融政策ではなく、慎重な金融政策が求められる可能性がある。自らの行動の影響がわからないならば、保守的に行動しなければならない、いわゆる「ブレイナードの定理」である。薬の力がわからなければ、少しずつ飲めということだ。
  • もちろん、この例外としては、金融危機や、(金融危機を含めて)インフレ期待のアンカーが脅かされる場合である。その場合には、(『テイラーの原理』に立ち返って)積極果敢に金融緩和を行うことは保証される。
  • 結びで、次のようにまとめる。自然失業率も中立金利の推定も不確実であり、インフレの(無)反応もあてにならない。所得や雇用の力強い成長が見られれば、さらに引き締めを行うし、幅広いデータを見ていく。



2018年10月2日:全米企業エコノミスト協会第60回年次会合(→原文は ここ です)

  • フィリップス・カーブは死んでもいないし、すぐにリベンジしてくるとも思えない。
  • 金融政策を含む様々な要素が、労働市場の引き締まりがインフレに及ぼす影響を減らしてきた可能性がある。
  • しかし、誰にも、労働市場と物価との関係の変化を完全に理解することはできないし、常識は、今までにないことを予測し始めたときには注意が必要であると示唆している。
  • 確かに、失業率が4%を下回るが、インフレ率が安定している状況は、現代においては、きわめてユニークである。
  • かつては、実際の失業率と自然失業率の差がインフレ率の比較的大きな変動を伴ったが、最近のインフレ率の変動は緩やかである。
  • 現時点のインフレ率を、現時点の労働市場のスラックと、昨年のインフレ率と、それ以外の項で説明させてみる(20年ローリング)。
    • 大インフレ期のデータは、スラックの係数が0.5、昨年のインフレ率の係数が1である。
    • 直近のデータは、スラックの係数がほぼゼロ、昨年のインフレ率の係数が0.25である。
  • なぜ係数が減ったのか?金融政策の役割を説明するならば、インフレ期待を低水準でアンカーさせることが、係数の低下に寄与しているだろう。
  • 例えば、インフレにショックがあったときに、中銀がそれを増幅させるのではなく、それを抑制するように動き、人々がそうした経験を持てば、労働市場の需給に対するプラスやマイナスのショックに対する、インフレの影響(反応)は少なくなる。
  • もちろん、これ以外の多くの要素がフィリップスカーブに影響を与えている可能性があるし、原因は完全には理解できない。
  • 現在、FOMCもCBOも民間エコノミストも、低失業率と低インフレがしばらく続くと考えている。
  • しかし、そうした、今までめったになかったことを予測し始めるときは注意が必要である。次のリスクがあるだろう。
    1. インフレ率のアンカーが崩壊する可能性である。その場合には積極的に行動する。
    2. フィリップスカーブのリベンジである。その場合、インフレ率が上昇するし、Fedはこれに対応する。現在のところ、(実質)賃金の上昇は生産性の上昇に留まるし、確かにベージュブックやその他のサーベイでも労働力や質の不足が指摘されるが、過去においてそれらの水準が現在並みの高水準にあったときも、インフレ率は2%を下回っていた。しかし、1度だけのケースは、あてにならないかもしれない。
    3. 真の自然失業率が、現在の推計値よりも低い可能性である。これは、上記2とは逆であるから、引き締めはゆっくりでよい可能性もある。実際、今回の景気拡大では、自然失業率の推計値が下方に修正されてきた。
  • 我々の現在の金融政策は、これらのリスクに対応するものである。



2018年11月28日:エコノミッククラブ・ニューヨーク(→原文は ここ 、FRBが初めて発行した金融システムレポートは ここ からです。「PDF」をクリックされてください。)

  • 政策金利は、中立水準をわずかに下回る。
  • 早く行動するのは、景気拡大を終わらせてしまうし、遅く行動するのは、インフレの上昇や金融市場の不均衡につながる。我々の現在の政策は双方に配慮したものである。
  • これまでの利上げの実体経済への効果は不確実であり、効果が表れるのに1年程度かかるかもしれない。今後の政策に決まった軌道はなく、これまでと同様に入ってくるデータを精査して政策を判断する。
  • 金融市場の安定なくして、マクロ経済の安定はない。
  • 米国の場合は、銀行貸出(間接金融)ではなく、資本市場中心の金融システムである。そして、このシステムにはメリットも多いが、システミック・リスクの発生源が多いことも意味する。
  • イノベーションとリスクテイクは、金融システムと経済の活性化に寄与するが、ハイマン・ミンスキーも強調したとおり、金融システムは時に過剰と危険な不均衡に発展する。したがって、常に、脆弱性が浮かび上がっているかどうかを監視する必要がある。
  • ①最初の脆弱性は、金融セクターの過度なレバレッジである。ノンバンクを含む金融システムの異常もしくは過度なレバレッジは見当たらない。証券化の規模も金融危機の前の水準をはるかに下回る。
  • ②次の脆弱性は、取り付けを含む資金調達リスクである。その脆弱性は低い。銀行の債務は小さく、高水準の流動性資産を保有する。MMFの改革も、当該セクターに取り付けが生じるリスクを減らしている。
  • 銀行システムの外という意味では、①デリバティブは以前よりも多くが中央清算機関での決済となっているし、②サードパーティーレポも日中の信用を制限するなどで、以前よりも安定性を持っており、③プライムMMFも時価評価を行っており、その後、政府債のみのファンドに資金が集中しており、取り付けのリスクは減っている。ストレスが生じたときにも、金融システムのコア部分が機能しなくなる可能性は低いだろう。
  • ③3つ目の脆弱性は、家計と企業部門の債務である。家計の債務増加は脅威というほどではない。
  • しかし、企業の債務は、80年代後半や90年代後半ほどではないが、トレンド水準を大きく上回っている。さらに、個別で見ると、高いレバレッジと金利負担を抱える、リスクの高い企業が最も負債を増やしている。加えて、貸出条件の質も悪化しており、レバレッジも増大している。
  • こうした企業は、経済環境が悪化したときに、窮地に追い込まれるのは確実であり、それによって、そうした負債の投資家は想定以上の損失を抱える可能性がある。それは、実体経済の悪化を増幅させる可能性がある。これが、金融システムの中核部分に与える影響は大きくないと思われるが、例えば、CLOの投資家には痛手となるだろう。
  • ④最後の脆弱性は、資産価格である。投資適格級の社債や商業用不動産の価格は、危機前ほどではないが、危機後で言えば、高い水準にある。株価のバリュエーションは並みである。
  • 米国の金融引き締め、それ以外の地域の引き締め、貿易戦争、Brexitの交渉、イタリアの予算の問題などが、既知の脆弱性と相互作用する可能性がある。
  • 総評すれば、リスクはある部分では標準以上であり、別の部分では標準を下回る。全体で言えば、金融市場の脆弱性の評価は「中庸」である。
  • 取り付けのリスクは以前に比べれば低く、金融システムの中核に位置する機関はより安定的である。