「変節」がカギ

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2018/10/12 | 重見 吉徳

今回の米国株式市場の下落のきっかけについて、多くの評論家は「米国の長期金利上昇」を挙げているようです。

マーケットが動いた要因は常に誰にもわかりません。私を含む、多くの評論家は常に「後講釈」で「知ったかぶり」をします。

そんな「口ばかり」の筆者は、金融市場は「長期金利の上昇に反応している」というよりも、「米政権の動向に(今までとは逆方向に≒ネガティブに)反応し始めているのでは」と考えています。


「下落のきっかけが長期金利の上昇」ならば、それは「FRBの利上げのせい」ではない。

米国株式市場の急落は10月10日、11日の両日に起きました。筆者が最近のニュースで最も気になったのは、9日のトランプ大統領による連邦準備制度理事会(FRB)への批判です。

ロイター通信の記事によれば、トランプ大統領は「私は低金利を好む。FRBは自分たちが必要と考えること(=利上げ)をやっているわけだが、私は彼らがやっていることが好きではない。なぜならインフレは起こっていないし、(実体経済や株式市場では)良いことがいっぱい起きているためだ」と述べています(*1)。

トランプ大統領は以前にもこうした発言をしていますが、筆者が改めてこのニュースに触れたとき、「これからの避けられない相場調整が来たら、きっと自分のせいでなく、FRBにその責任を押し付けるだろう」と感じました。

仮に、「株価急落の直接的なきっかけが長期金利の上昇」だとすれば、それは「FRBの利上げのため」とは考えられません。むしろ「米国政権の政策や政策姿勢のため」と考えられます。以下に、債券市場の立場から考えてみましょう。


イールドはカーブは「フラット化」していない。「スティープ化」している。

9月以降の米国債券市場で見られたのは、長期金利の上昇や、イールドカーブの『ベア・スティープ化(=金利は全般に上がり、長期ほど上がる状況)』です。

これらは通常、①「FRBが、十分過ぎるほどに≒株価や景気を押し下げてしまうほどに、利上げをしている、あるいは、利上げを継続する姿勢を示している」ときには生じません。

むしろ債券市場が、②「FRBの利上げやその姿勢が不十分になり、物価の安定を達成できない恐れを感じている」ときに生じます。ちなみに、この②の状況は「FRBが“behind the curve”に陥っている」と表現されます。

①「FRBが十分過ぎるほどに≒株価や景気を押し下げてしまうほどに、利上げをしている、あるいは、利上げしていく姿勢を示している」場合、短期金利(例えば2年金利)は利上げ継続観測から上昇するものの、より長期の金利は上がりにくくなる状況が生じます(=『ベア・フラット化』)。

なぜならば、債券市場が(過去は利上げの後に訪れている)将来の景気後退や利下げを織り込むためです。例えば、債券市場が「2年以内には景気後退も利下げもないが、5年以内には両方あるだろう」と読む場合、5年国債利回りは2年国債利回りよりも低く取引されます。これは、2年金利と5年金利をそれぞれ、「今後2年間の平均政策金利」と「5年間の平均政策金利」を考えれば、わかりやすいでしょう。

一方で、②「FRBの利上げやその姿勢が不十分になり、物価の安定を達成できない恐れを感じている」場合には、文字どおり、インフレ懸念が出ますし、そうなると「現在3.1%台の長期債利回り(=名目金利)では、物価の想定外の上昇分を補いきれないのでは」という見通しから、長期金利は以前よりも高い水準で取引されます。

今般の株価急落までに起きていたのは、長期金利の上昇やイールドカーブのスティープ化ですから、債券市場の状況を考えれば、むしろFRBの利上げ姿勢は十分ではなく、インフレ懸念(あるいは財政懸念)から長期国債に売りが生じていると解釈されます。


インフレ懸念を作り出しているのは誰?

それでは、インフレ懸念を生み出しているのは誰でしょうか。それは、ほかならぬ米国政権の政策や政策姿勢です(→厳密に考えれば、FRBの不十分な引き締め姿勢もあるでしょう)。

長期金利の上昇やインフレ懸念は、米政権が「自分で蒔いた種」と考えられます。

つまり、

  1. 財政出動(『トランプ減税』≒個人と企業に対する減税):失業率が低く(≒生産余力がほとんどなく)、景気の勢いが強いのに、財政出動で需要をさらに加えようとする。→インフレ懸念
  2. 保護主義:国内の生産余力がなく、輸入に頼るべきときに、関税を引き上げ、さらにはNAFTAをUSMCAに変えて、国内生産回帰を促そうとする。→インフレ懸念
  3. 金融当局批判:金融引き締めにより経済活動を持続可能な水準に誘導すべきときに、FRBの利上げをけん制する。→インフレ懸念(behind the curve)
という構図です。

2016年11月の米国大統領選挙で、トランプ候補が勝利した直後に、株価は「意外な」上昇を見せましたが、それ以降、直近までの期間においては、

  1. 財政出動(『トランプ減税』):「企業業績が伸びていいじゃないか。企業の自社株買いで株価がさらに上がっているし」
  2. 保護主義:「ドル高でインフレは起きていない。米国の『ラストベルト』に雇用が戻った」
  3. 金融当局批判:「ご愛嬌だよね。これがトランプ流」
という形で、米政権の政策や政策姿勢がプラスに受け取られたり、少なくともネガティブには受け取られない状況が続いてきたように思えます。

しかし、景気の拡大や業績の動向は、消費者信頼感指数や企業景況感指数の水準、マージンの高水準や(企業減税が支援した)前年比+20%に及ぶ1株利益の伸び率を見る限り、現在がピークで、これ以上の伸びは期待しづらい状況です。言い換えれば、これまでの『トランプ流』は「ありがたかった」としても、ここからの『トランプ流』は「余計になる」恐れがあります。


「変節」がカギ

今年のこれまでの米国の財政赤字は、リーマン危機直後の『非常時』に近い軌道を辿っています。『非常時』ではないにもかかわらず、です。米国の債務残高を考えれば、財政支出は今後、抑制ぎみに推移する可能性があります。財政支出の抑制は、2020年頃には、米国の経済成長率を押し下げる方向に働くと言われています。また、そうしなければ、財政懸念から長期金利が上昇するでしょう。

Guide to the Markets -Japan- 2018年第4四半期 p10



また、FRBは利上げを当面、続けるでしょう。失業率が低く(≒生産余力がほとんどなく)、景気の勢いが強い状況では、将来のインフレ上昇リスクに備えて、利上げを行う必要があります。

万一、筆者が正しく、金融市場が「米政権の動向に(今までとは逆方向に≒ネガティブに)反応し始めている」とすれば、目下のベスト・シナリオは、米政権が政策や政策のこれまでの姿勢を転換することでしょう。例えば『米中貿易戦争』を「手打ちにする」ことが考えられます。

一方で、米政権は「これまでの強硬路線を成功体験」と捉えているように思えます。来月の中間選挙の後に、米政権が「過去の成功体験」を捨てられるかどうかが、その後の株価動向を決定づけるように思えます。ビジネスで成功したトランプ氏であれば、そうした「変節」も考えられなくはないでしょう。

ちなみに、トランプ大統領は、大統領候補であった2016年に「FRBは政治的な傾向を持つようになっており、異例の低金利でオバマ政権を側面支援してきた。現在(当時)の株式市場は空前のバブルであり、それをFRBの超低金利が支えてきた」と述べています(*2)。

現在、トランプ大統領は、「低金利が好きだ。利上げは好きではない」と述べています。


*1 Reuters.com、2018年10月1日、"Trump renews Fed criticism, says raising rates too fast"
*2 例えば、Blooberg.com、2016年9月27日、"Trump: We Are in a Big Fat Ugly Bubble"