FRBの利上げ停止観測⇒株高」の落とし穴

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2018/8/29 | 前川 将吾

読者の皆さんは、以下の3つの見方に、同意されるでしょうか?

①米国経済は力強く、成長率は、2020年まで潜在成長率(1.8%程度)を下回らないだろう。
②米国では、これから力強い景気に遅れて物価も上昇し、さらに物価に遅れて賃金も上昇するだろう。
③米連邦準備理事会(FRB)は、景気を過熱も冷ましもしない中立金利に達した時点で、利上げをいったん停止(場合によっては終了)するだろう。

筆者は、この3つにYesと答えた方は“いいとこ取り”の楽観姿勢に傾いている可能性が高いのではないかと考えていますが、どうも足元の金融市場は、この3つにYesと答えたがっているように見えます。ここで先に結論を先取りすれば、このような “いいとこ取りの強気相場”は、金融政策について考える上での論理的な矛盾を抱えている恐れがあり、これが結果的に将来の金融市場の波乱を呼ぶ可能性がある点に注意が必要と考えています。

【足元の金融市場は、“いいどこ取り”の危うい強気相場に入りつつある】

上記の3点について、簡単に足元の状況を確認してみましょう。まず、②の物価と賃金に関して、下図を見てみると、これから物価や賃金の上昇が加速する可能性が示唆されていることがわかります。左図では、【赤色】の消費者物価指数(除く食品・エネルギー)に15ヵ月先行する傾向がある、【灰色】のニューヨーク連銀が公表する「基調的な物価指標」が、来年半ばにかけて、物価上昇が更に加速する可能性を示唆しています(注:「基調的な物価指標」は、長期で見て振れが小さい価格指標に加え、企業景況感や労働・金融指標などの指標を基に算出されています)。一方、右図では、【オレンジ色】の時間当たり賃金に12ヵ月先行する傾向がある、【青色】の中小企業の賃金報酬引き上げ計画が、やはり来年半ばにかけて、賃金上昇が加速する可能性を示しています。これまで米国経済が力強い成長を続けてきた後に、このような2つのサインが出ていることは、過去の歴史やそれに基づいてかたちづくられている経済学の考え方によれば決して不自然なことではなく、むしろ当然の現象であると言えるでしょう。

出所:(左)ニューヨーク連邦準備銀行、米労働統計局(BLS)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management (右)米労働統計局(BLS)、全米自営業者連盟(NFIB)、Bloomberg Finance L.P.、J.P. Morgan Asset Management
データは2018年8月28日時点で取得可能な最新のものを掲載。



次に、①の米国景気について、FRBと金融市場の見通しを確認してみましょう。まず、今年6月の連邦公開市場委員会(FOMC)でリリースされた、「Summary of Economic Projections(経済見通しの要約;SEP)」を見ると、FRBは米国の実質GDP成長率(前年比)が、2019年に2.4%、2020年に2.0%になると見ているようです。次に、金融市場の見通しについて、Bloombergによるエコノミスト予想集計値(8月28日時点)で確認してみると、2019年は2.5%、2020年は1.9%となっています。つまり、FRBも金融市場も、再来年まで、米国経済は潜在成長率(1.8%程度)を上回る、“力強い成長”を実現できると見ているようです。

最後に、③のFRBの利上げ見通しについて、債券市場や株式市場における直近の織り込みを確認してみましょう。まず、債券市場*では、2019年末までに追加で約3回の利上げが織り込まれており、2020年は利上げが織り込まれていません。つまり、債券市場は、FRBが中立金利(2.9%程度)に届く前に利上げを停止、または終了するシナリオを想定していることになります(注:FRBの政策金利が2.9%程度に到達するには、追加で4回の利上げが必要です)。次に株式市場では、先週末の国際経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)における、パウエルFRB議長の講演が「ハト派的だった」と見る向きが多く、同時に「来年半ばに中立金利に達した時点で、利上げを停止する」といった見方も以前より広まっているようです。このような「金融政策が“引き締め気味”にはならない」という見方が、足元のナスダック総合株価指数やS&P 500種株価指数の最高値更新に一役買っていることは間違いないでしょう。

*「債券市場の見通し」は、フェデラルファンド金利先物の水準を基に算出。1回あたり、0.25%の政策金利の引き上げを想定。8月28日時点。

繰り返しになりますが、筆者は、金融市場で上記①~③の見方が“同時に成り立つ”ような雰囲気が出ていることが、危うさを孕んでいると見ています。なぜならば、②で確認したように、これから景気に遅れて物価や賃金の上昇が加速するという兆しが出ていることを考慮すれば、以下のパターン(A)と(B)で示す通り、「①か③のどちらかが、いずれ修正されるはずだ」と考えなければ、不自然だからです。

【パターン(A):③の「中立金利到達で利上げ停止」という見方が修正される】

仮に、物価や賃金の伸びがこれから加速する中で、FRBや金融市場の「2020年にかけての“力強い”(≒潜在成長率を上回る)米国経済の成長」という見通しが変わらなかったとしましょう。その場合、FRBは、景気過熱の更なる進行を避けるべく、中立金利に到達後も利上げを続けると見ています**。つまり、(少なくともFRBは)①と②にYesと答えた場合は、③にNoと答えるはずだと考えられ、これは、足元で始まった「金融政策に対する楽観に乗じた株価上昇」が、どこかで巻き戻されることに繋がるでしょう。

ここでは、「景気過熱の進行を避ける」という点がポイントですが、これはFRBが、景気が強くなりすぎた結果、インフレ“期待”***が大幅に上昇するような状況(→ビハインド・ザ・カーブ)を何としても避けたいと考えていることが根底にあります。実際に、先週末の講演でパウエル議長は、「インフレ期待が急に上昇したり低下したりする場合には、毅然として『できることは何でもする』自信がある」と発言しています。

**パウエル議長が先週末の講演で、「過去2回の景気後退では、物価でなく金融市場に過熱感があった」ことを示唆している点には注意したいところです。物価や賃金の伸びが加速せず、例えば来年にかけて現状のくらいの伸びで横ばいで推移したとしても、既に過熱気味の米国株式市場で、金融政策への楽観論に基づいた大幅な株価上昇が続くようであれば、FRBは金融政策を中立というより、幾分引き締め気味にする可能性があります。

***筆者は、労働者や企業経営者のインフレ“期待”の高まりを注視しています。なぜなら、労働市場の需給がひっ迫する状況下で、実際のインフレ率の上昇に伴う名目賃金の上昇“気運”も高まれば、やがて名目賃金の大幅上昇が実現するはずだと考えられるからです(補足:足元で、より多くの米国企業が賃金報酬の引き上げを計画していることは既に確認しましたし、直近の米消費者信頼感指数を見ても、米国国民の間で将来の所得が増えるとの見方が強まっている様子が確認できます)。この賃金の上昇が、やがて企業のマージン悪化をもたらすと、企業経営者は雇用を減らし始め、失業率は反転上昇し、景気後退に向かう可能性が高まってしまいます。実際に、直近3回の米国の景気後退前も、名目賃金が大幅に上昇した後に、米国企業のマージン悪化や失業率の反転上昇などが確認されています。

【パターン(B):①の「2020年まで、米国景気は“力強い”成長を続けるだろう」という見方が修正される】

これから物価や賃金の伸びが加速したとしても、“その先の”経済や物価の強気見通しが崩れてしまった場合は、FRBは利上げを停止、または終了するかもしれません。このケースは、今後も②と③に対してYesと答え続けることは可能かもしれませんが、そのためには、どこかで①にNoと言わなければいけないことを示唆しています。しかし、この①の修正は、言うまでもなく株式市場に打撃を与えるでしょう。なぜなら、足元の世界の株式市場を支えているのは、(例えば、2020年あたりまでは)「米国経済が強いから、大丈夫だ」という投資家の見方に他ならないと考えられるからです。

【今後の見通しは?】

以上2つのパターンを踏まえれば、足元の金融市場は、(いずれ修正を迫られる)“いいとこ取りの強気相場”を謳歌し始めているように感じられます。そして、このような状況が続けば続くほど、その修正幅が大きくなる可能性が高まる点には注意が必要でしょう。

最後に、今回のブログでは、「“いいとこ取り相場”が修正される」という結論が重要で、上記2つの「どちらの修正パターンが起きるか」は、あまり重要でないところがポイントです。しかし、敢えて踏み込んで言えば、筆者は現時点で、「先にパターン(A)の修正が訪れ、その後、パターン(B)の見方に寄っていく」可能性が高いと見ています。言い換えれば、(A)米国の物価や賃金の加速が確認されることで、FRBの金融政策に対する楽観姿勢が修正された後、(B)来年の半ばあたりに、米国景気(→特に金利上昇の悪影響を受ける住宅や自動車など)の減速が強く意識されることで、先行きの経済見通しが下方修正され、再び金融市場で「2019年中のFRBの利上げ停止」が急速に織り込まれていくことを現時点のメインシナリオとしています。