サプライ・サイド経済学、戦略的貿易政策、ドル

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2018/5/2 | 重見 吉徳

米国のムニューシン財務長官やライトハイザー通商代表部(USTR)代表などの経済閣僚は、明日(5/3)から北京で、中国の劉鶴副首相らと、通商協議を行う予定です。「ハイテク分野が主役」の通商交渉は、かつての日米貿易摩擦を思い出させます。

そこで今日は、トランプ政権の経済政策とレーガン政権の経済政策との類似点を、歴史を振り返りながら整理した上で、今後のドルの動向について、考えてみます。筆者は、大幅なドル高は望み薄としても、ドルがサポートされる条件は整いつつあると見ています。



トランプ政権の2つの経済政策

トランプ政権の目下の目標は、「貿易赤字の削減」ではなく、「ドルの下支え」だと思われます。確かに、トランプ大統領本人からは(「輸出は善、輸入は悪」であるかのような)重商主義的な発言も聞かれますが、それでも筆者は、貿易赤字の削減は、政権の目標ではないと考えています。重商主義や保護主義の姿勢は、ドルを支えるためのポーズだと思われます。このことを確認するために、まずはトランプ政権の経済政策を整理してみます。

トランプ政権のテーマは、言うまでもなく「Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国に)」です。米国は、政治的な覇権を確保・回復するために、経済上の競争力を維持する・高める必要があります。現政権が、経済的な競争力の維持・向上のために有効と考え、なおかつ既に表出している政策は、次の2つです。

1. 国内経済では、サプライ・サイド経済学への回帰
2. 対外的には、戦略的貿易政策の復活



サプライ・サイド経済学とは

1点目のサプライ・サイド経済学は、①減税や歳出削減、規制緩和などの「小さな政府」によって企業の投資を刺激すれば、供給力を高められる、②供給力の高まりは、財政中立かつ「トリクルダウン」をもたらす、との主張です(→この主張の是非については議論しません)。

既にトランプ政権は、減税と規制緩和を一部実施済みです。今後については「小さな政府」とは矛盾しながらも、供給力を高めるために、インフラ投資を検討しています。

サプライ・サイド経済学は、レーガノミクスとも呼ばれます。しかしながら、実現したレーガン政権1期目の経済政策は、(レーガンが選挙戦で訴えたような)「レーガノミクスの理想形」とは異なり、大胆な歳出削減を実現できず、減税と国防支出の増加が財政赤字を拡大させました。当時の国防支出を、現在のインフラ投資に置き換えれば、トランプ政権の財政軌道は、レーガン政権のそれと似通うでしょう。

ただし、本エントリーの結論にも関わる重要な点として、(『双子の赤字』の拡大を考えればファンダメンタルズの観点では持続不可能なはずの)米国への資金流入により、ドルは1985年9月のプラザ合意まで支えられました。



戦略的貿易政策とは

次に、2点目の戦略的貿易政策とは、ひとことで言えば、通商政策ゲームです。他国の通商政策や国内規制(=相手の戦略)を考慮しつつ、自国の通商政策(=自分の戦略)を打ち出すというゲーム的な状況を指します。

例えば、①既に自国の産業が生産規模や技術の面で優位性を持つ場合には、他国に貿易障壁を取り除かせ、自国製品を受け入れさせることで、他国のキャッチアップを防ぐ、あるいは、②自国と他国の生産規模や技術に大きな差異がなく、他国が当該産業の保護や育成を行っていれば、自国も、輸入関税や補助金の導入などによって、同様の競争環境を整備する、といった具合です。

戦略的貿易政策は、A.規模の経済性があり(→産業の集積による生産拡大と平均費用の低下;マーシャルの外部経済性)、B.外部性が高く(→他の産業への技術のスピルオーバー)、C.交易条件(=輸出価格/輸入価格)を有利にするような産業が対象となります。現在で言えば、IT(情報技術)産業がこれに、過去の経緯から言えば、半導体がこれにそれぞれ該当するでしょう。

レーガン政権2期目を振り返ると、1985年1月に開始が合意されたMOSS協議(市場志向型分野別協議)では、米国政府は日本政府に対し、米国の半導体企業が所有するチップのデザインやソフトウェアに関する知的財産権の保護や、日本政府が支援する研究開発プロジェクトへの米国企業の参加や特許の公正な利用などを求めています。また、1986年9月の日米半導体協定では「日本市場における外国系半導体の市場参入機会を拡大する」ことが確認されましたが、米国は翌1987年4月に、日本の半導体市場の不十分な開放性と第三国市場でのダンピング(不当廉売)を理由に、パソコンやカラーテレビ、電動工具などに相殺関税を課しています。こうした風景は、最近のトランプ政権の通商スタンスと似通うものです。同様の通商スタンスは、ブッシュ(父)政権の日米構造協議(SII)をはさみ、クリントン政権の日米包括経済協議に引き継がれていきました。 このように、トランプ政権の経済政策は、その経済閣僚メンバーを見ても同様ですが、レーガン政権への郷愁が感じられます。



サプライ・サイド経済学およびインフラ投資は、貿易赤字の削減と矛盾する

ここで、次のように考えられます。

1. サプライ・サイド経済学およびインフラ投資は、貿易赤字の削減と矛盾する
2. 戦略的貿易政策は、貿易収支の水準に影響を与えない

したがい、先に挙げた2点が、トランプ政権の主要な経済政策だとすれば、貿易赤字の削減は優先課題とは言えません。以下にこれを確認します。

最初に、減税や規制緩和、インフラ投資が企業投資を刺激する場合、貿易赤字の拡大が避けられません。また、インフラ投資それ自体が政府支出(需要)の拡大であり、減税によって個人消費も刺激を受ければ、これらも貿易赤字を拡大する方向に作用します。つまり、現政権にとっては、政策実現のために、ドルのファンディングが決定的に重要になるわけです。



戦略的貿易政策は、貿易収支の水準に影響を与えない

次に、戦略的貿易政策についても、例えば、自国産業保護のための輸入関税の賦課や、相手国のキャッチアップを防ぐための貿易障壁撤廃(相手国の国内補助金の撤廃要求など)は、貿易収支には影響を与えない可能性があります。一方で、ドルの下支えには資すると考えられます。

例えば、輸入関税をかけることで、自国の輸入が減ると仮定しましょう。すると、貿易収支が改善する兆しを見せることで、実質為替レート(物価×ドル)には上昇圧力が生じます。実質為替レートの上昇は、自国の輸出を減らす結果、貿易赤字の水準には影響を与えません(→輸出の減少による国内供給量の増加が、輸入の減少を埋めることで、国内需要を満たします。これは、各国にとってみると、輸出と輸入の両方が減少する=貿易量が減少する縮小均衡であり、生産効率と消費選択の多様性が低下するという意味で、経済全体の厚生は落ちます。一方、国内の産業間の相対所得に変更を加えられる場合があります)。

反対に、相手国に貿易障壁を取り除かせることで、自国の輸出が増えると仮定しましょう。すると、先と同様に、貿易収支が改善する兆しを見せることで、実質為替レート(物価×ドル)には上昇圧力が生じます。実質為替レートの上昇は、自国の輸入を増やす結果、貿易赤字の水準には影響を与えません(→輸出で漏出する国内供給量の減少を輸入が埋めます。貿易障壁が取り除かれるため、各国にとってみると、貿易量が増加する拡大均衡であり、経済全体の厚生は高まります。一方、国内の産業間の相対所得が変更を迫られる可能性があります)。



トランプ政権の目下の目標はドルの下支え

このように、輸入を減らしたり輸出を増やしたりする政策では、貿易収支の水準には影響を与えない可能性があります。これまで長く議論されてきたように、供給力を一定としたまま、貿易赤字の削減を実施するためには、内需を減らす必要があります。

しかし、冒頭に述べたとおり、トランプ政権の目下の目標は、「貿易赤字の削減」ではなく、(サプライ・サイド経済学を支えるための)「ドルの下支え」だと考えられます。また、すぐ上で見たように、輸入関税の賦課や貿易障壁の撤廃は、「貿易収支の改善」というよりも、「ドルの安定」と整合性があり、戦略的貿易政策から生じる通商政策は「ドルの下支え」に一役買う可能性があります。

ちなみに、「ドルの安定」との整合性という観点では、いわゆる『トランプ減税』(2017年雇用・減税法)には、海外子会社の累積留保利益の本国還流に1回限りの軽減税率を課すものがありますが、これもドルを支えるための仕掛けと見られます。1968年1月1日に、リンドン・ジョンソン大統領(当時)は、ブレトン・ウッズ体制(金・ドル本位制)、言い換えればドルの価値を守るべく、米国企業に対し、海外留保利益の本国還流を訴えています。状況は異なるとはいえ、目的の共通点を考えれば、興味深いところです。



目先、ドルは幾分支えられる可能性がある

筆者は、ドルは目先、幾分安定する可能性があると見ています。著名投資家のジョージ・ソロス氏は、1980年代当時の著述の中で、レーガン政権誕生から1985年9月のプラザ合意に至る『双子の赤字』拡大局面の持続不可能なドル高について、「レーガンの帝国主義的循環」と表現しています。

それは、減税や政府支出の拡大が高金利を招き、高金利が(ソロスに言わせれば「レーガンの自信たっぷりの態度」も)海外からの資金流入を誘ってドル高が生じ、ドル高が低インフレを呼び込み、低インフレが高い実質金利を生み出して、更なる資金流入を促すとともに、本来は持続不可能なはずの『双子の赤字』(≒ファンダメンタルズの観点では下落すべきドル)を支えるという循環です。

現状に鑑みれば、ドルは、主要国の中で、中国についで高金利通貨となっています。また、インフレ率についても、米国はこのところ、幾分上昇トレンドにはありますが、1970年代や1980年代初頭のようにコントロール不可能な事態が予見されているわけではなく、むしろまだ低位安定と言えるでしょう。加えて言えば、日本や欧州などは、出口に向かう方向とはいえ、直近の金融政策の議論を見る限り、年初に比べ、慎重姿勢が増しているようです。

大幅なドル高は望み薄としても、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げが、低格付けの企業債務のデフォルトを誘発するまでは、ドルが堅調推移する可能性も視野に入れておきたいところです。



参考文献:

“International Economics: Theory and Policy: 9th edition”, Paul R. Krugman, Maurice Obstfeld, Marc J. Melitz [Prentice Hall, 2011]

“Statement by the President Outlining a Program To Deal With the Balance of Payments Problem. January 1 1968”, Lyndon B. Johnson 1968-69 January 1 to June 1968, 米国大統領公文書

『大統領の経済学 ルーズベルトからレーガンまで』ハーバート・スタイン著、土志田征一訳(日本経済新聞社、1985年、原著は1984年)

『バブル/デフレ期の日本経済と経済政策 第1巻 日本経済の記録-第2次石油危機への対応からバブル崩壊まで-』内閣府経済社会総合研究所(2011年)

『誰が誰を叩いているのか―戦略的管理貿易は、アメリカの正しい選択?』ローラ・D・タイソン著、阿部司訳、竹中平蔵監訳(ダイアモンド社、1993年、原著は1992年)

『国際経済学 第3版(現代経済学入門)』若杉隆平著(岩波書店、2009年)

『ゴールド 金と人間の文明史』ピーター・バーンスタイン著、鈴木主税訳(日本経済新聞社、2001年、原著は2000年)

『グローバル資本と国際通貨システム』バリー・アイケングリーン著、高屋定美訳(ミネルヴァ書房、1999年、原著は1996年)

『新版 ソロスの錬金術』ジョージ・ソロス著、青柳孝直訳(総合法令出版、2009年、原著は1987年、2003年に加筆)

『グローバリゼーション・パラドクス 世界経済の未来を決める三つの道』ダニ・ロドリック著、柴山桂太・大川良文訳(白水社、2014年、原著は2011年)

『国家は破綻する 金融危機の800年』カーメン・M・ラインハート、ケネス・S・ロゴフ著、村井章子訳(日経BP社、2011年、原著は2009年)