世界が望む「中国経済のソフトランディング」に必須となる「技術革新」を阻害しようとする米国の動きを警戒

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2018/4/5

米国が中国の知的財産侵害に対する制裁関税の原案を発表し、これをうけて中国も報復措置をとる姿勢を示したことで、「米中貿易戦争」への懸念が高まっています。また、米国側の関税案の対象分野に関しては、米通商代表部(USTR)が、中国政府の産業高度化を目指した戦略である「中国製造2025」を意識したようです。

このような米国政府の対応に関して筆者が警戒しているのは、(今後いったんトーンダウンする可能性がある)「中国製品への関税賦課」などの“脅し”よりも、視野を広げてこの問題を捉えた場合に見えてくる「中国の技術革新を阻む動き」のほうです*

なぜならば、世界景気や株式市場が今後も堅調に推移するために必要不可欠な条件の1つである、「中国経済のソフトランディング」の成否は、「中国製造2025」などの計画を着実に実行することで技術革新をもたらし、中国の労働生産性を大幅に高められるかどうかにかかっていると見ているためです。

*報道によれば、米国はハイテク分野における中国からの投資を抑制するために、「国際緊急経済権限法」の発動を検討しているようです。また、ロス米商務長官らのこれまでの発言内容などから、「米国の本意は、向こう10年の中国製造業の発展構図を研究し、中国の製造業の発展を妨害することだ」といった見方も強まっています。

今回のトピックに関して、以下では次の4点にまとめています。
(ⅰ)中国政府の「量から質へ」、「投資主導から消費主導へ」というスローガンが示唆する、ソフトランディングに向けた課題とは?
(ⅱ)中国の最重要課題である「労働生産性の向上」は、どのようにして達成されるのか?
(ⅲ)残念ながら、“経済学的に正しい処方箋に見える”中国のソフトランディング戦略の実現が困難であることが、浮き彫りになりつつある
(ⅳ)米国は、そして中国は、どのようにして世界経済を安定に導くべきか

(ⅰ)中国政府の①「量から質へ」、②「投資主導から消費主導へ」というスローガンが示唆する、ソフトランディングに向けた課題とは?

既に広く知られた、この2つの中国政府のスローガンは、どちらも端的に言えば、「労働生産性の向上が最重要課題です」と言っているようなものです。このように考えることができる理由として、まず①に関して言えば、GDPの供給サイドから考えてみると整理がしやすいでしょう。中国経済は、既に労働人口が減少に転じている(→1人当たりの労働時間を一定とした場合、労働“量”が減少していく)という構造変化に直面しており、同時に不良債権問題への対処も急務である**ことから、収益性の低い設備は削減していく必要に迫られています(→資本の“量”の一部を減らさなければならない)。このような状況下で、政府が掲げる6%台半ばの高成長を維持しなければならないということになれば、「高付加価値が生み出せる分野に絞って投資を行うなどして、労働生産性(=“質”)を大幅に高める」という道しか残されていません。
次に②については、需要サイドから考えてみると整理がしやすいでしょう。上記の通り、やはり徐々に人口(=消費者数)の増加に頼れなくなりつつある中で、家計の債務膨張などを抑制しながら高い消費の伸びを達成するためには、1人当たりの所得の高い伸びが必要となり、これにもやはり「労働生産性の向上」が必須となります。というのも、仮に、労働生産性の向上に見合わない所得の大幅上昇が実現したとすれば、その裏側では企業のマージンが悪化しているはずであり、これでは持続的かつ力強い経済成長の達成は不可能と考えられるからです。

**中国共産党が「所得倍増計画」を掲げた2012年以降、中国が“不健全な”成長を辿るようになり、総信用残高のGDP比が持続不可能と考えられる水準まで急加速しています。これには、国全体でみた場合の資本の限界生産性の低下が避けられない状況下で、背伸びをした成長を達成するための手段として、安易に収益性が低い分野で債務と投資を膨らませてしまったことが背景にあったと見ています。そして、中国政府はこの反省点を踏まえた結果として、上記2つのスローガンを掲げているのでしょう。

(ⅱ)中国の最重要課題である「労働生産性の向上」は、どのようにして達成されるのか?

例えば、一般的に労働生産性が低いとされるサービス業の分野でIT技術を活用することなどが考えられるとともに、相対的に労働生産性が高いとされる製造業の更なる高度化も必須となるでしょう。
これらの点について既に中国政府は対策を打っており、前者に関しては、主に国内企業向けに様々な規制を緩和し、インターネット販売やスマホ決済、自動車の配車サービスなどを急速に拡大させているほか、後者に関しては、「中国製造2025」を推し進め、次世代自動車や産業用ロボットなどの最先端技術をもつ世界的な企業を育てようとしています。
これまでの流れを確認する限りでは、「中国経済は、“世界の投資家にとって望ましい方向”に進んでいる」ように見えます。なぜならば、中国政府は自国経済の構造変化と直面している課題をきちんと認識し、(例えばブラジルなどの一部の新興国とは異なり)圧倒的な政治指導力のもとでソフトランディングに向けた戦略的な動きをとれているように見えるためです。

(ⅲ)ただし、“経済学的に正しい処方箋に見える”中国のソフトランディング戦略の実現が困難であることが、浮き彫りになりつつある

残念ながら、米国がまさに足元で、中国の問題解決に向けた動きに “待った”をかけようとしています。例えば上述の「中国製造2025」については、ロス米商務長官が、既に今年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の時点で、「米国の次なる課題は、中国が2025年計画で掲げる、ほぼすべての新テクノロジーで大きな市場シェアを獲得するという目標だ。これは直接的脅威となる。」と発言しています。日本企業の経営陣(特に製造業)の中には、米国の中国に対する関税賦課などには強く反対しても、このロス長官の問題意識に対しては共感する方が多いと思います。
このような現状を考慮すれば、冒頭でも書いた通り、「中国の技術革新を阻む動き」がこれから加速し、中国経済のソフトランディングが失敗に終わる可能性を高めてしまうリスクがあります。なお、この「中国の技術革新を阻む動き」の中には、先進国企業への技術移転の強要をやめさせるなどの明らかに非合法な慣行への是正に止まらず、米国のハイテク企業へのM&Aの制限なども含まれるかもしれません。また、既に鉄鋼産業などで発生している世界的な供給過剰問題が、これから最先端のモノの分野(ロボット、次世代自動車、半導体など)に波及するリスクを抑えなければならないという名目で、中国政府のハイテク分野における過度な産業保護政策(補助金など)に対する批判にまで踏み込む可能性も否定できないでしょう。
果たして、米国をはじめとする先進国は、中国に“追いつかれる、奪われる”恐怖から、中国のソフトランディング戦略(=技術革新)を阻害してしまい、世界の投資家が恐れる中国経済のハードランディングを招いてしまうのでしょうか。

(ⅳ)米国は、そして中国は、どのようにして世界経済を安定に導くべきか

世界経済全体のパイを拡大させるという立場に立てば、米国(およびその他の先進国)は、中国の技術革新に向けた動きに強いブレーキをかけるべきではないでしょう。ただし一方で、中国政府の歩み寄りも必要となります。技術移転の強要などの非合法的な問題に対処するのはもちろんのこと、自国企業に限定した産業優遇政策を改め、外国企業にも“中国の生産性向上の果実”を分け与える動きを加速させるべきと考えます。後者の点を言い換えれば、「今後、GDP(国内総生産≒国総所得)ほどGNI(国総所得)は拡大しないかもしれないという点には目をつむり、GDPが安定的に拡大することを最優先する」というスタンスを中国政府が明確にとることができれば、世界経済の好循環が生まれる可能性が高まります。
ただし、中国共産党は、単なる経済大国なりたいのではなく、政治強国や軍事強国にもなろうとしている点がやっかいです。米国政府が強硬な通商政策の正当性を主張するにあたって“フル活用”している安全保障の観点から考えれば、中国が最先端のハイテク産業の分野で、「外資に頼る経済構造」を構築することは受け入れがたいと考えるのが自然でしょう。

(前川 将吾)