キャピタル vs. キャリー

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2018/2/2

1月のFOMC(米連邦公開市場員会)後の声明文では「前年比で見たインフレ率は今年上がり、かつ委員会の中期的な目標である2%付近で安定することが期待される(→Inflation on a 12 month basis is expected to move up this year and to stabilize around the Committee's 2 percent objective over the medium term.)」と表現されました。

「インフレ率は今年上がることが期待される」というのは幾分、踏み込んだ表現と考えられます。例えば、「今後2%に『戻り』、その後は安定する」との表現よりは踏み込んだものでしょう。FOMCは「予想を外せない立場なのに、方向性の見通しを示した」から踏み込んでいる、というわけではありません。インフレ率が今後上がるかどうかはさほど重要ではないのです。見通しが外れればその要因を説明すればよいだけです。

言い換えれば、ポイントは将来にはなく、「今、どう考えている」かを示したところにあります。「インフレ率は今年上がることが期待される」との表現は、将来の見通しではなく、いわば現在のアクション(≒姿勢の表明)と考えられます。筆者は、「今、何が起こっているのか」を考えれば、近いうちの引き締めを示唆することで、最近の資産価格の上昇を「けん制」したいとの意図があったのだと推察しています。そうした意図がなければ『2%に戻る』との表現でもよかったでしょう。

いずれにせよ、米国が引き締めを重ねていく、「当初は6、9、12月と思われていた利上げが3月にもありそう」との金融市場の織り込みは、筆者にとっては、年初からの日欧の引き締め観測に加え、「流動性相場*の終わり」を示唆するパズルのピースがまたひとつ増えたとの印象であり、「終わり」に向けて着実に歩みを進めていると捉えています。

*流動性相場とは、金融緩和に支えれた資産価格上昇のことです。主要国の中央銀行は、低金利政策と同時に、量的金融緩和によって、国債などの資産を市場から取り除くことで投資先を狭め、株式市場を含む資産市場の需給を引き締め、資産価格の上昇を演出してきました。

金融市場は引き続き、「流動性相場の終わりや『米国売り』で利益を獲得しよう」とする投機の動き、投機の債券売りとドル売りという、最近の金利上昇とドル安の『根っこ』を捉えきれず、「流動性相場はまだ継続している」と読み取っているふしがあります。例えば、ドル安の裏側で生じる、ユーロ高、原油高、米株高、新興国株高などがそうです。ここで、前者の投機の動きは「キャピタル**を狙う動き」、後者の流動性相場は「キャリー***を狙う動き」と言えるでしょう。今は、このキャピタルとキャリーが真っ向からぶつかっている最中です。

**キャピタルとは、キャピタルゲインのことで、頻度は小さいが大きな動きを捉えようとする取引です。
***キャリーとは、インカムリターンのことで、何も悪いことが起こらなければリターンを得られるような取引です。

今朝、「南欧や新興国の債券に資金が流入している」との記事がありました。「金融緩和からの出口は簡単ではない」という話です。確かに、南欧国債や新興国国債、米国投資適格社債、米国ハイイールド債券などは、対ドイツ国債、対米国国債のスプレッド・利回り差が縮小していて、資金が流入しているように見えます。

ただ、実際にはドイツ国債や米国国債の利回りが急速に上昇しているために、そう見えるだけです。これらの債券自体も、ベースとなるドイツ国債や米国国債の利回りが上昇しているのと同様に、利回りは上昇(価格は低下)しています。そして、なぜドイツ国債や米国国債の利回りが急速に上昇しているかを考えれば、つまり、その根っこには「先進国の巨大な金融緩和が終わる」、「米国が(減税やインフラ投資、保護主義もあって)インフレになるかもしれない」との見立てが生じているのではないかと疑われます。それが根っこならば、リスク資産を買うことを逡巡する動きが、今後広がっても不思議ではありません。

昨年はそれまでと同様に、低インフレ環境や低金利政策が想像以上に継続するために、少しでも利回りの高い債券を求める「利回り追求」の動きがありました。ソブリンリスクや信用リスクを取りに行くトレードは、デフォルト・債務不履行などが起こらなければ、国債以上の利回りを得られるという期待に根差したというキャリー・トレードです。低金利通貨の円売りもキャリー・トレードです。

しかし、そうしたリスクオンや流動性相場は昨年で終わっているのではないか、というのが筆者の見立てです。ベースとなるドイツ国債や米国国債の利回りが上昇しているのに、「利回り追求をする(≒キャリーを取りに行く)」という発想にはなりません。キャリーを取りに行くのは、ベース金利が低位安定する(そして、実体経済はゴルディロックス=ぬるま湯経済である)との見立てがあるときです。繰り返しますが、南欧や新興国の債券、米国投資適格社債、米国ハイイールド債券の対国債スプレッドが縮小しているのは、ドイツ国債や米国国債の金利が上昇しているためにそう見えるだけで、ドイツ国債や米国国債売りの根っこは「流動性相場の終わりや米国売りで利益を獲得しよう」とする投機の動きと捉えられます。ドル安の裏側で生じる、ユーロ高、原油高、米株高、新興国株高も、「根っこ」に気づけば、つかの間のものとなる恐れがあります。今朝の日銀指値オペでも、ドル円相場が円安方向にわずかしか反応していないように、もうすでにキャリーを取りに行く流動性相場の発想は通用しなくなっている(≒ドル売りと円買い戻しでキャピタルを狙う動きが強まっている)恐れがあります。

もちろん、これは今後のキャピタルとキャリーとの戦い次第です。

加えてもうひとつ、日本の個人投資家に知っていただきたいのは、債券市場が大きなリスクを抱えているということです。グローバル債券の『デュレーション』は、過去最長です。言い換えれば、長期債や超長期債の発行が増え、投資家が抱える金利変動リスクが増大しています。社債を発行する発行体の側は、金利スワップを使って、固定金利(の債務)を変動金利(の債務)に変えています。ただ、利上げ織り込みに伴って、変動金利(≒短期金利)が上がってくれば、企業の資金繰りは苦しくなりますし、低金利だからこそ生き永らえてきた企業はデフォルトを起こし始めるリスクがあります。最近の短期金利と長期金利の上昇は、その裏側で上昇している株式などのリスク資産を含めて、危うい状況と考えられます。今までの流動性相場で債券も株式も買い上げられてきた以上、流動性相場が巻き戻しされる際には、債券を持っていれば安心とは限りません。

 

 

Guide to the Markets -Japan- 2018年第1四半期 p21



目先のポジション****としては、①リスクヘッジのためのVIX買い、②短期的な債券売り(→米国が景気後退に行けば、中期的に米国国債は買い戻され、低金利に戻る。また長期的には、世界の資本と供給能力の過剰は変わらない)、③ファンダメンタルズのドル売り(→米国は貿易赤字、保護主義とインフレのリスク、やがて景気後退で利下げ)を考えています。ドル売りはドル円のペアが最も良いと考えています。『米国売り』でも取れる可能性があり、日銀の出口観測や米国の景気後退売りでも取れる可能性があります。投資信託で言えば、円ヘッジが重要と考えます。(重見吉徳)

****あくまで筆者の個人的かつ短期的な考えを便宜的に表現するためのモデル・ケースですから、この点を十二分にご留意ください。