保護主義、インフレ、流動性相場の終わり

ストラテジストのいまを読み解くブログ | 2018/1/26

今日はトランプ政権の直近の動向からインフレを考えてみます。

年初からドル金利が上昇していますが、ドル安です。言い換えると、2016年11月以降の「ドル金利上昇・ドル高」の相関関係が崩れています。

背景のひとつはおそらく、「ECB(欧州中央銀行)や日銀が巨大な金融緩和からの出口に立つのでは」との観測でしょう。出口とは例えば、ECBの場合には資産の買い入れを10月以降停止する、日銀の場合には長期金利の誘導目標を今年のどこかで引き上げる、などです。これに応じて、日本やドイツの国債金利には上昇圧力が生じていますが、金利差で見ると、ドル金利の上昇幅のほうが大きく、したがって金利差は拡大しているわけですが、それでもドル安になっています。

マーケットにとってみると、米国の利上げは既に開始から2年を経過しており、いわば「古い話」です。一方で、ECBや日銀の出口は「ニュース」です。為替レートはしばしば、現在の金利差よりも、今後の金融政策の方向性(≒目新しさ)に反応しがちです。

ただし、背景は他にも考えられます。それは、ドル売りと債券売りという『米国売り』の側面です。これに米株売りが加わると『トリプル安』です。

まだ現時点では、ドル安が米国の生産や企業業績にとって有利との観測もあって米株は堅調です。ドル金利上昇でもドル安のため、資源価格は堅調、新興国資産も堅調です。言い換えれば、こうした「流動性相場の相関関係」は維持されています。

しかし、この『米国売り』は事を悪くすると、①世界的な過剰流動性に支えられた上昇相場の終えんや②『米国トリプル安』の端緒になる恐れがあるために注意が必要です。

実際、昨日の金融市場の動きは、少なくとも為替市場や債券市場は『米国売り』に傾いていることを確認するものだったように思えます。

トランプ大統領は昨日、テレビのインタビューで、北米自由貿易協定(NAFTA)の前向きな見直しや環太平洋経済連携協定(TPP)への復帰の可能性を示唆しました。それまでの強硬的に見えた貿易保護主義の姿勢*を緩めたのです。

*トランプ政権は今年に入ってから、ソーラーパネルと洗濯機へのセーフガード発動を発表したほか、選挙公約に沿う形でNAFTA離脱を再び示唆したり、中国による世界貿易機関(WTO)加盟を米国が支持したことは明らかな誤りだったと指摘したりしています。目先は、鉄鋼とアルミニウムに保護関税をかけると見られています。

金融市場は昨日の保護主義姿勢の緩和に対し、年初からのドル売り・米国国債売りとは逆に、ドルと米国国債の両方を買い戻す反応を見せました。言い換えれば、米国の長短金利は低下しましたが、ドルは上昇しました。

このように、金融市場のテーマ(→最近なら、保護主義的な姿勢)に反対向きの材料(→そうした姿勢の緩和)が出るときの金融市場の反応を見ると、マーケットがそれまでどのような取引ポジションに傾いていたのかがわかります。

今年の大きなリスク要因のひとつは、実現インフレ率の上昇やインフレ懸念です。これは、長期金利の上昇や政策金利の引き上げにつながることで、「低金利環境の継続」という流動性相場の前提を覆します。

インフレの要因として、同時好景気に伴う賃金の上昇も挙げられますが、A.I.(人工知能)の台頭に伴う労働者の立場の弱さを考えると、判然としません。

より警戒すべきは、米国による保護主義の高まりでしょう。例えば、米国が中国からの輸入品に関税をかければ、最終生産物への価格転嫁か、賃金の高い米国国内への生産移転や代替によって、米国の物価には上昇圧力が生じます。

さらに悪いことに、貿易保護主義は、報復・対抗措置という貿易摩擦を招く恐れもありますし、例えば米国がNAFTAを離脱する場合には、グローバル企業のサプライ・チェーンに悪影響を及ぼす恐れもあります。

例えば、米国とメキシコの貿易協定が大幅な見直しになると、BREXITのように、貿易協定の先行きが不透明な間は、日本の企業業績や設備投資の動向にも悪影響を及ぼしかねません。

中間選挙を控え、上院では1議席も落とすことができず、30年ぶりの税制改革も(大幅な財政赤字と共に)既に成し遂げ、インフラ投資は財源が限られる中で、トランプ政権は通商・外交面で有権者の支持を集めようとしても不思議ではありません。

マーケットは、実際に事実よりも噂(憶測)で動きます。言い換えれば、保護主義の姿勢が示されるだけで、インフレ懸念や長期金利の上昇からトリプル安やグローバルな金融市場の調整が生じてしまう恐れがあります。

この流動性相場はいつか巻き戻されます。わからないのは、その調整の規模とタイミング(きっかけ)でしょう。調整の規模はわかりませんが、株高を支えてきた中央銀行による流動性供給額が空前の規模であることはわかっています。

主要国の中央銀行が発行する紙幣が信頼の上に成り立っているように、流動性相場も中央銀行が低金利政策や債券などの金融資産の吸収(→需給の引き締め)を続けてくれるとの信頼の上に成り立っています。たとえ、日欧が現行の金融緩和を維持し、両中銀の総裁が記者会見で当面の間、現行の金融緩和を続けると強調し、他方、米国が利上げを続ける姿勢を示しても、円高・ユーロ高・ドル安に進んでいるように、この流動性相場はきっかけひとつで動く、単なる心理の上に成り立っています。

調整のきっかけは、地政学リスクのような予見不可能なものかもしれませんが、中央銀行に対する信頼が流動性相場の根っこであることを考えれば、インフレこそがきっかけの本丸と言えるでしょう。流動性相場を覆すインフレ懸念を呼び起こすのは米国の政治かもしれません。

昨年はドルも弱く、円も弱い『適温相場』の金融環境でした。今後はドル安の中で、円が昨年とは違って本格的に買い戻されるか(→投機の仕掛けに、他がどれほど追随するか)に注目しています。(重見吉徳)